History
 数ヶ月が過ぎ、スピーカーの完成間近な頃には、Garyは経営とマーケティングのサポートをするようになっていました。ある時、Anthoyが研究を継続するための資金が底を尽き、[Nucleus] を市場参入させることになり、Garyに、投資家を探すための広告を掲載すると伝えました。
「私はAnthonyに、なぜ私に投資を申し入れないのか、と尋ねました。彼は、私がすでに事業経営を行っていたため、興味を持たないだろうと考えたようです。その瞬間、私はこの技術に投資し、Anthonyと一緒にスピーカー事業を設立するために、一部参入することを決意しました。」
 Garyは結局、<Anthony Gallo Acoustics>に全力を尽くすため、自分の事業を諦めたのです。
 Garyによると、今日までの経緯は以下の通りです。
「私達は文字通り、最初はリビングの食卓で作業しました。<WATT PUPPY-(WILSON AUDIO)>のように見える巨大な[Nucleus] に耳を傾け、この音をどのようにして世界中に届けようか、夢を描いていました。球状のコンセプトが生まれたのはその頃でした。会社をガレージや地下で立ち上げた話をよく耳にしますが、私達にとっては、リビングから脱出してAnthonyがニューヨーク州/ブルックリンにある高級住宅の地下室を借りられたのは重大な事態でした。私達は地下に移動しました。
 申し上げておきますが、それは築100年以上の古い建物で、スキーが出来るほど埃がたまっていました。そこには古い石炭置場があり、夏は焼けつくように暑く、冬でさえ熱気が残るボイラーだったのです。路上に鉄製の上げ戸がある地下室で、そこに入るには上げ戸を押し上げ、カビ臭くて急な階段を降りなければなりませんでした。雪や雨など路上にあるものは何でも地下まで染み込んできました。それはまさに我々にとって戦いでした。かがんで降りるのを忘れた時などは、鉄製扉に頭を強打したものです。
ともあれ、私たちは作業台を設け、初代の[Nucleus]を作り上げました。ラスベガスのCES(Consumer Electronics Show)や他の展示会で、私たちのサウンドに対する批評家の称賛を得るまでに時間はかかりませんでしたが、彼らのリビングに大きな球体を受け入れてもらうまでには相当な時間がかかりました。
私たちが近所に新たな1部屋を借りるまでには、1年半ほどかかったと思います。それはオフィス兼、生産、研究、試聴スペースになる予定でした。本来キッチンであった場所にある私の机を探すには、沢山のダンボールをどけなくてはなりませんでした。作業スペースが狭かったため、梱包作業は私のアパートで行い、出荷の度に車で何往復もしました。
ポリエチレンキャビネットからアルミに変えたのもその頃でした。私たちは、商品が市場受けするためには、モダンなデザインの方がよいと考えたのです。最良のサウンドを引き出すために見た目も重要なのであれば、モダンなデザインにすれば、高い評価を得られると考えたのです。」
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