|
はじめに・・・
|
|
Anthony Galloが初めてラウドスピーカーをデザインしたのは、
|
|
若干14歳でした。
|
|
最初の商品「Nucleus reference
speaker(写真右)」は
|
|
1994年に発売されました。
|
|
|
|
40カ国で販売されています。
|
|
|
|
| Anthony Gallo_1963年生まれ。 |
| 少年時代より科学に興味を持ち、可能であれば何でも分解してしまう子供でした。13歳でラウドスピーカーのデザインに興味を持ち始め、14歳で行った最初の実験は静電型スピーカー。 |
| 「勿論、数え切れないほど感電しました、そこから出てくる純度の高い透明な音質に驚きましたが、耐久性やエネルギー的には期待はずれでした。」 |
| Anthonyはそれからリボン型ユニットに目を付けました。 |
| 「私は<マグネトロン>と呼ばれる古いレーダーチューブを分解しました。<マグネトロン>のアルニコマグネットは13kgもあるのですが、この巨大なマグネットを取り外し、それをリボンデザインの基礎磁気回路として使い始めました。」 |
|
| 音のスピード感と透明性に心を奪われたものの、 |
| 「磁極片と、様々な反射的なひずみによって作られた無数の共鳴音は扱いにくいうえ、ダイナミック・レンジが限られていました。そこで、ついにトゥイーターの研究に踏み込んでみようと決心したのです。それ以来、米国内の<ドーム型スピーカー>を買いあさったものの、満足できるものには出会えませんでした。」 |
|
| 1980年代前半、ピエゾフィルム(圧電フィルム)の用途、及びオーディオの可能性に関する記事がエレクトロニクス雑誌に掲載されたことがありました。 |
| 「それから数年間はその雑誌の事を忘れていましたが、心の奥では、いつかこの材質を使いたいと思っていました。」 |
|
| 1987年にCDT(cylindrical diaphragm transducer)技術を用いた初期バージョンが誕生。その後、9年間もの研究開発を経て、現在の形となるのですが、その間、Anthonyはビデオエンジニアとしてパナソニックに勤務し、また、ビデオ修理事業の経営もしていました。 |
| 「結局、[Nucleus] の研究の継続、それに関する様々な特許費用のために、車を含め、私の所有する物全てを売り払い、事業も閉じたのです。」 |
|
| 初期の[Nucleus]は、6つのユニットからなる巨大なシステムでした。 |
| 「特別な運送業者を使い、アメリカ中のリスニングルームを回りました。そのシステムはスピーカー1本の重量が130kg以上もある、異素材を多重ラミネートした、最先端の木製キャビネット技術を用いたものでした。音楽業界の中には、今までで最高のスピーカーだと言ってくれた人もいましたが、私自身、150万円以上もするものは売りたくありませんでしたし、それは若い会社としては実用的ではありません。」 |
|
|
|